戦国のlloveyou

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小説コーナー

『戦国のlloveyou』及びそのスピンオフの小説版コーナーです。

いつか君と星空の下で

  しんしんと降る雪の音が心に染み入るようだと佐吉は思った。「親愛なるはるか尊き姫君」へ近江長浜城の小姓部屋で文をしたためながら。姫君は顔も素性も分からないが、主君羽柴秀吉の跡取りである若君於次丸秀勝によれば、「今は名を明かせないが…さる高貴な家の姫君が佐吉を一目見て気に入って夜も眠れぬほど恋しがっている。俺を仲介にして文を交わしてやってくれぬか」というわけである。はたして佐吉には思い当たる節がないわけでないが、あまりに恐れ多いことなので家族の前でさえ、口に出さぬのもはばかられた。大体父はいい顔をしないだろう。ただ、佐吉にとってそれは最愛の姉を唯一偲べる縁だったので大事にしたいのだ。羽柴家の主筋織田家と敵対して滅亡に追い込まれた浅井家に仕えていた姉。家族とて忘れたわけではないが、今の我が家の現状としては表立っては偲べない存在になってしまった。それでも俺は姉上を忘れない…遠い星空の上で見ていてくれよなと心に祈って筆を置いた。
 
「佐吉ー!ほら早く早くおいで置いてっちゃうわよ」
「そんなこと言ったって姉上…雪がわらぐつの中に入って冷たいし歩きづらいよ」
「仕方ないわねぇ、ここら辺にしましょうか。ここからでも見えないことはないし…本当は琵琶湖のほとりで見たかったけれどね。上をご覧なさい佐吉、凍てついた冬の星空は格別に綺麗よ」
 姉の佐和に言われて佐吉は顔を星空へ向かってのけ反らせた。目に入ったのは冬の満天の星空。キラキラと輝く星々の光の雨が降り注ぐ。
「綺麗だね、姉上」
「ほんとに。星々の光は御前祖様の魂の光だなんて大人たちは言うけどね…」
「姉上は違うの?」
「…あたしは、もしかしたらあの光の中に私たちと同じような人間がいて、私たちのように星空を眺めていたら素敵だなって思うわ」
「そんなこといって姉上、この世界は神仏が作られた世界なんでしょう、同じような世界が幾つもあったら神様はいくらいても足りないじゃない」
「ま、生真面目な佐吉らしいわね。こんな時茶々様だったら『佐和、本当に?』って面白がってくださるわよ」
「もう、姉上は最近茶々様、茶々様ってそればかりだからなぁ!」
「ま、佐吉ったら」
 ややふてくされ気味の佐吉を見て佐和はクスクス笑った。それが佐吉が見た姉の最後の笑顔だった…

「佐吉、起きろよ。疲れているのは分かるけどこんなところで寝ていると風邪引くぞ」
 どうやら佐吉は少しの間にうたたねしていたらしい。親友で秀吉の小姓たちのリーダー格である大谷平馬改め吉継と彼がお守り役となっている於次丸秀勝が心配そうに見つめていた。
「平馬…それに於次様まで」
「佐吉、佐吉にはお姉さんがいるの?お兄さんはよくみかけるけど…」
 於次丸が興味深げに聞く。
「正確にはいました。でも今は遠く離れてしまって会えないんです」
「そっかじゃあ俺と一緒だね。俺も父上と母上にはもう今までどおりには会えなくなっちゃった…」
 いつもは養子先の羽柴家に馴染もうと明るく笑顔を絶やさない於次だが、なんだか少しだけ寂しげな声音だった。佐吉は頭を横に振った。
「於次様…生きていれば必ずまた会えますよ。俺の姉は遠い星の彼方へいってしまったから会えないんです」
「そっか…佐吉はさっき『姉上』って呟いていたよ。夢の中でお姉さんに会ったの?」
「会ったっていうか…昔姉と冬の琵琶湖の近くで見た星空の夢を見ていたんですよ」
「冬の琵琶湖の星空か…いいねぇ佐吉に吉継、今から三人で琵琶湖の空を見に行こうよ!」
 こうして三人は夜更けに城を抜け出し琵琶湖の空を見に行った。寂しそうな声音を吐いた於次は目の前に広がる大宇宙のパノラマに圧巻され先ほどの声音はかき消えていた。佐吉と於次と…会えない肉親を持つ二人の肩を抱いて吉継が言った。
「寂しい時、悲しい時はこの俺が話を聞いてあげるから二人とも無理しないで!」

「あーもうっ於次ばっかりずるいんだぁ!!茶々だって佐吉と冬の星空見たいのにっ」
 数日後於次を通じて佐吉の近況報告を記した文を読んだ茶々は歯ぎしりして悔しがった。
「あらまぁお茶々殿。そんなにいきり立たなくとも佐吉殿はもうすぐ元服なさるでしょうし、そしたらこの安土にお使いにでもなんでも羽柴殿に用立ててもらいましょう」
 安土城の主織田信長の正室で、現在安土殿と呼ばれている濃姫こと斎藤帰蝶はそう言って茶々を慰めた。信長に滅ぼされた北近江の戦国大名浅井長政とその妻である信長の妹お市の方との間に生まれた三姉妹の長女である茶々は、母の兄である伊勢の織田信包のもとに身を寄せている妹たちや母お市の方から離れて、於次の母濃姫の養女分として安土城にいた。何故なら母のお市の方は、三人の娘は由緒正しい家柄に嫁ぎ浅井の血を残さなければならないと常々口を酸っぱくしていて、佐吉に恋する茶々の気持ちなど考慮してくれなかったのだ。濃姫に引き取られた茶々は、いずれ佐吉が元服し茶々が成人した暁には、濃姫と伯父信長の養女分として佐吉に嫁ぐ手筈が整っていた。そのことを思い出した茶々は機嫌を取り直し「濃姫様、茶々は飛び切りの白無垢に綿帽子をかぶって佐吉に嫁ぎとうございますわ」と微笑むのだった。
 
 それから八年後の冬、世の中は大きく変わっていた。織田信長と濃姫は天正十年六月二日(グレゴリオ暦では七月一日)に最も信頼していた家臣明智光秀によって本能寺の灰塵
となった。最大の後ろ盾を失った茶々だが、明智光秀が謀反人として羽柴秀吉に討たれると、従弟で濃姫と信長の一人息子秀勝(秀吉の養嗣子)が、最も正当な権力の後継者として世の中に認知されるようになったのはむしろ好都合だった。茶々はいつも彼女がそうしていたように秀勝をあごで動かしたのである。

「茶々……秀勝様には恩義が沢山あるんだから呼び捨てにするのやめなよ」
 三成はいつものように茶々に諭そうとした。
「フン!三成は茶々よりも秀勝が大事なの?」
「そういうことじゃなくて、俺に嫁いできた茶々は、天下人の跡取りと目されている秀勝様に仕える夫の妻ということになるのであって…」
「あーもうそれ聞き飽きたっ。茶々は天下人織田信長とその正室である濃姫の養い娘なのよ!言わせてもらえば秀勝と同格よね!三成との結婚だって伯父上と濃姫様がもともと用意してくれていたものよ!茶々が秀勝に遠慮しないといけないことなんて何もないわっ」
「……」
「なんで黙るのよ三成。秀勝が大事ってまさかあっちの方の大事なの?確かに伯父上は両刀だったけど秀勝もそうなのかしら?」
「は?」
「とぼけないでよ、茶々の目は誤魔化せないわよ!茶々は知ってるんだから、女はみんな三成のことを狙っているの!だからその気のある秀勝が三成を相手にしても不思議はないのよね!あいつ美貌好みだし」
「勘ぐりすぎだよ茶々…大体世の中の女性が俺を狙っているなんて茶々の誇大妄想だよ…」
「違うもん、妄想なんかじゃないもん、今日だって三成様の召使にしてほしいっていかにも怪しそうな女がうちに来たのよ。茶々じゃなくて三成に仕えたいなんて側女になる気満々よ。初芽だか初音だか言ってたけど頭に来たから速攻追い出してやったわ」
「それただの忍びでしょ。断ってくれて良かったけど…」
「うーたとえそうだとしても、側に仕えさせたら三成に惚れることはほぼ間違いないと思うわ!セバスティアン殿がイスパニアでは一人の夫に一人の妻が基本だって言ってたわよ!どうしてこの日の本にはそういう制度がないの?女にばかり不利な制度があってありえないわ…」
 本当に俺は茶々が言うほど女受けするだろうかと三成は疑っていたが、茶々がぐずり出したので「そんなこと言っても、純粋に俺を思ってくれる女性は茶々しかいないでしょ、
俺だってこうなった以上は茶々だけを一生大切にするよ」と彼女の頬を伝う涙を手で拭った。
「…三成!」
 茶々は気持ちを抑え切れず三成の胸に縋り付こうとした。ところがガランガランと大きな音が二人の頭上に響いた。

「はい、そこまでー!!さぁこれからみんなでセバスティアン殿の屋敷に行くよ!三成も茶々も着替えた、着替えた」
「秀勝!関白の息子だかなんだか知らないけど、茶々と三成だって夜くらいは二人きりになりたいのよ!あんたには遠慮ってものがないのかしら!」
「いやいや、今日は異国の聖なる夜の日、クリスマスだよ!茶々だって安土城にいたとき父上や母上と一緒に祝ったよね。そして親愛なるものに贈り物を贈る日でもあるぜ」
「それはそうだけど…」
「秀勝様、さすがに寝所に踏み込むのは非常識ですよ」
 三成が頭を掻きむしりながら少し恨めしそうに言った。
「それは君たちがぐずぐずしているからだよ、三成にも言ってあったでしょ、今日の夜は特別な夜だって!」
「どうでもいいから早くい行きましょ、セバスティアン殿を待たせすぎるのは失礼ですよ。あの方は信長様や秀勝様の話し相手はよくしていますがあくまで身分は異国の客人ですからね」
「どうでも良くはないよ吉継」
 三成はいつもの親友らしくない言葉に思はず返したが、吉継は何も言わなかった。

「ようこそ、皆様いらっしゃいました。それにしても皆様お優しいのですね、秀勝様の無茶ぶりにお付き合いになるなんて…お父上の信長様にはそのような方は奥方の濃姫様くらいなものでしたよ」
 白髪交じりの金…というよりほとんどが白髪になったセバスティアン殿はそう笑いながら一同を出迎えた。
「ぶどうジュース開けていい?セバスティアン殿」
 秀勝の声に「いいですよ」と答えるのと同時にセバスティアン殿はパンパンと手をたたいた。すると異国の服装をした異国の侍女たちがビロードなる布でできた赤葡萄色の異国の衣装を持ってやってきた。
「茶々様、これは私からの贈り物です。きっと今夜のあなたをより魅力的に彩ってくれるでしょう。ルイーゼにアンナ、あちらでお着させ申し上げなさい」
 ルイーゼとアンナは主人に言われた通り異国の衣装を茶々に着せるため彼女を別室に連れて行った。
「さて、三成殿。あなたも今回は相当腹を決めたようですね。普段の節約ぶりとは大違いだ」
「茶々のために金を惜しむなんてありえません。黙っていれば玉の輿に乗れたかもしれないものを、こんな俺のもとに来てくれたんですから…」
「三成殿、あなたはいつもそうやって自分を卑下なさいますが、茶々様はあなたがあなただから好きなんだと思いますよ。茶々様のためにも自分が自分らしくあることに恥じないでください」
「セバスティアン殿……」
 それからしばらくして赤葡萄色の異国の貴族令嬢の服に身を包んだ茶々がやってきた。
「どっどうかしら?」
 茶々はいつもの彼女らしくもなく恥じらいながら三成に聞いた。
「綺麗だよ…それに可愛い」
 三成の後ろでは秀勝と吉継がぶどうジュースを飲みながらヒューヒューと囃し立てている。
「そっ外に行こうか茶々!」
 
 三成は茶々の手を引いて屋敷の外に出た。
 外は真っ暗で星たちの光が満天の空を照らしていた。佐吉と呼ばれた少年時代の三成が姉の佐和と琵琶湖の星空を見たあの日のように。
「わぁお星様。知ってる?茶々の夢だったのよ、佐吉と冬の満天の星空をみること…」
「知ってるよ」
「え?」
「茶々…これで空を眺めてごらんもっと綺麗に見えるよ」
 三成はイスパニア製だという豪華な装飾の望遠鏡を茶々に渡した。
「……っわぁ綺麗」
「茶々、俺も君と冬の凍てついた満天の空を見るのが夢だった。見せたかったんだ。この空を」
「三成…」
「茶々、こんな俺を選んでくれてありがとう。これからもよろしく」
「変なこと言わないでよ。三成は茶々が見つけた世界で最高の宝物なの。宝物にこんななんて言わないでよ。茶々も傷つくから」
「茶々、ありがとう。いつか本物の琵琶湖の星空を見に行こうね」
 三成は茶々を自分の方に向け直すと頭を傾げその唇は茶々のそれを覆った。
 
「いやー、恋愛って人のを見てる分には面白いね吉継」
「あんまり天下人の息子に相応しい趣味ではないですよ秀勝様」
「でもさ、なんで三成って誤解されやすいのかね。純粋で優しい繊細な子なだけなんだけどな」
「その繊細さがダメなんでしょ。豪放磊落な性格の方が今の世では人格者ですからね…生まれる時代を間違えたのだと思います、いいやつなんですがね」
「でも茶々じゃないけど守ってあげたくなるよね。あんまり人に責められていると…。いつか三成にも知ってほしいな。自分には頼もしい仲間がたくさんいるんだって」
 
おわり

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